自由悠遊

サイクリング・ハイキング・旅先で撮った、風景・名所旧跡・動植物(特に昆虫)

豊能町の棚田と石仏めぐり

桜にはまだ早く梅にはもう遅い、中途半端な3月半ばの暖かい日、海抜1mの自宅から豊能町までサイクリングした。
豊能町は大阪で2番目に北に位置する自治体で、町内は山を隔てて東地区と西地区に分断され、直接行き来できない地形になってる。

西地区は新興住宅地(鉄道あり)を有し、標高は300m未満。
東地区は標高300~600mの山里(鉄道なし)で、南に箕面市茨木市、北に京都府亀岡市と接しており、私が行ったのはこちらの東地区。

ひたすら北へ北へ走って、箕面市の止々呂美地区を通過し、豊能町の川尻地区に入り、国道から撮影した田園風景。

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この時点の標高は約300m、石垣の棚田がすばらしい。

国道423号線から4号線に入り、さらに細い道へ、坂を上がりながら景色をのぞむ。

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古民家越しに棚田が見え、煙がモクモク立って、ステキな田園風景♪

古い石仏の多い豊能町で最初に見つけた石仏は、川尻打越阿弥陀三尊石仏。

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中央に大きな阿弥陀如来、左右に小さな観音菩薩勢至菩薩、1352年作。
といっても昔すぎてピンとこないけど、なんと南北朝時代の石仏、古っ!!

4号線まで戻って少しだけ北へ進み、再び細い道に入ると、川尻中の谷多尊石仏。

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最上段に阿弥陀三尊立像、下3段に16体の地蔵坐像、安土桃山時代の1573年作。
石の形が独特でおもしろい^o^

坂道をぐんぐん上がっていくと、こんな絶景が。

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うっすら霧に包まれた幻想的な山里風景、美しい棚田が広がる☆〃

細い道をさらに進むと、川尻北の谷多尊石仏・双体地蔵。

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多尊石仏は1580年作、最上段中央に阿弥陀如来、左右に観音菩薩地蔵菩薩、その横に2体と下3段に17体の円頂合掌像、五輪塔が3基、双体地蔵は室町時代後期作。
このあたりの標高は約450m。

ヒルクライムしてきた細い道をダウンヒルして、次は川尻地区から余野地区へ。
余野は豊能町東地区の中心街で、町役場や小学校・中学校や個人商店などが建ち、コンビニも1軒ある。

余野交差点を東へ曲がり、田園の中の細い道を南へ行くと、余野十三仏

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室町時代後期の1564年作、十三仏という名称ですが、最上段に三尊+下2段に17体の立像=計20体おられる^^

余野交差点まで戻り、国道423号線を少しだけ北へ進み、切畑口交差点で右折。
道標の整ってた川尻地区と異なり、切畑地区は石仏の所在地がわかりにくく、細い坂道に入って右往左往して(苦笑)、切畑西野多尊石仏をようやく発見。

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最上段に阿弥陀三尊、下4段に15体の坐像、安土桃山時代の1575年作。

私の住んでる地域が暖かいから、調子に乗って中長距離サイクリングしたが、豊能町は大阪屈指の寒い地域。
石仏はほかにもあるけど風が冷たくて、来た道をピストンしてソソクサ帰った^^;

花を愛でながらマスクと感染症の話

近所で満開になったユキヤナギと白モクレン

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コロナ禍によってマスクが品薄の中、みなさんマスクはどうされてますか?
タイトルの感染症の話というのは、コロナウイルスの話ではなく、9年前のちょうど今頃の時期、当時30代にして(その歳で!)水疱瘡に初感染し、顔に水疱がビッシリできすぎて、ぶどうのデラウェアみたいな顔になった時の話^^;

初診から1週間後だったか10日後だったか忘れたけど、医師から仕事復帰OKのお墨付きが出ても、顔のブツブツは1ヶ月以上消えず、顔のブツブツ隠しのために買ったマスクが残ってたのを思い出し、今それを使ってる。

決して余るほどに大量購入したわけではなかったけど、デラウェア顔(が回復してしぼんで干からびたデラウェアのような顔^^;)の上に一般的なマスクをすると、いかにも何かに感染してる病人!の見た目になってしまうので、結局当時は購入品をほとんど使うことなく、以下の自作マスクを使ってたんです。

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不要なカッターシャツの生地にドクロの刺し子を施したマスク、怪しすぎ(爆)
見た人はドクロが気になって、顔のブツブツが気にならないであろう、という作戦ww

多くの人が幼少期に水疱瘡に感染し、とっくに免疫を獲得してるとはいえ、干からびたデラウェア顔を見たら、本能的に誰も近寄ってこないのではと危惧したけど、みんなドクロにツッコミ入れてくれて、作戦大成功♪

大人の水疱瘡、、、幸い私は顔面デラウェア化した以外は重症化することなく、熱はすぐ下がったから、休んでる間めっちゃ暇だったのを覚えてる。
そもそも熱も38度台の微熱しか出なかったし。
エッ、38度台で微熱!?と思われるかもしれませんが、平熱がこれなので。

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時間帯によって変動するけど、37度±0.3度が私の平熱範囲^o^

花の話に戻して、昨年の夏から秋にかけて立派な花を咲かせ、冬になってもショボい花を咲かせてた、公園の花壇のひまわりは今。

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さすがにもう花は閉じてるけど、ひまわりが地植えで越冬するとは!
(このひまわりが昨年暮れに咲いてた姿は、以下の記事の最後の写真参照。)

関門海峡を渡って下関へ

つづき

海沿いの遊歩道を歩いていくと、関門橋がどんどん近づいてきて、関門橋の真下へ。

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タイトルですが、厳密には関門海峡を渡るというより、関門海峡の下をもぐった?

和布刈(めかり)神社から道をはさんでほぼ向かいに、関門トンネル人道入口。

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歩行者は関門橋を通行できないため、こちらのトンネルを使います。

エレベーターで下りて、ちょっと珍しい歩行者用海底トンネルへ。

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北九州側のトンネル入口、右上に青い標識がある通り、ここは国道2号線^^

細長いトンネルをしばらく歩いていくと、ついに。

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九州と本州の境目キターーー!!!

海の下を歩いて福岡県から山口県に入り、下関側の関門トンネル人道入口を出てすぐの所に、みもすそ川公園(壇ノ浦古戦場跡)がある。

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源義経平知盛像と関門橋、左手前のアチョー体勢で飛んでるのが義経さん、両手で武器持ち上げて構えてるのが知盛さん。

ここから数km、キャリーバッグをガラガラしながら小走りで、赤間神宮や日清講和条約が結ばれた春帆楼(日本のフグ料理公許第1号店)の前を通過して、唐戸エリアへ。

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フグ競りのモニュメント、奥に見える建物は唐戸市場。

唐戸市場の正面(上)と、少し離れた所からの眺め(下)。

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右端に白い灯台と向かいに赤い灯台、その延長線上左側に唐戸市場、奥に関門橋が見渡せる。

夕方4時過ぎに広島で人と会う約束があり、この時すでに午後2時過ぎ、下関滞在時間はわずか2時間^^;
もっと下関でゆっくりしたかったけど、急いでバスで新下関駅に直行し、新幹線に飛び乗ったのだった。

門司港レトロから関門海峡へ

冬に沖縄へ行った時、発着地の関空那覇も晴れてたのに、大雪の成田から機体が帰ってこないという理由で、LCCが9時間遅延したことを以前書いた。

これには後日談があり、大幅遅延のお詫びとして、数千円分のフライトの期限付タダ券をいただき、期限内にタダ券を使って、沖縄旅行の約3ヶ月後に福岡へ飛んだ。

年に2回も2泊以上の旅をしたのは、今までの人生でこの時だけ。
当時の私はまだ35歳手前でしたが、旅疲れで白髪生えましてん(爆)
いや、旅疲れとか関係なく、そういう年頃なんちゃうん?思ってたけど、その後しばらく旅行しないでいたら、黒髪ワッサ~生えてきたww

1日目:福岡市内と大宰府を観光→高速バス移動→小倉で宿泊。
2日目:小倉城散策→門司と下関を観光→新幹線移動→広島で人に会う&宿泊。
3日目:広島市内と宮島を観光。

という旅程の中から、2日目に歩いた門司・下関について、2回に分けて記事にします。

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JR門司港駅大正3年築、九州最古の現役木造駅舎で、国重文に指定されてる。

レトロモダンな建造物めぐり in 門司。

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上は大正10年築の旧門司三井倶楽部、国重文に指定されてる。
三井物産の接客・宿泊施設として建てられ、アインシュタインも宿泊したそうな!
下は大正6年築の大阪商船。

歩行者専用の跳ね橋、ブルーウィングもじを渡る。

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ちょうど渡った直後、「これから橋が開きますので、渡られる方はお急ぎください」のアナウンスがあり、振り返ると。

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あまり時間がないので、橋が跳ね上がるのを見るのは半分あきらめてたんですが、ナイスタイミングで見れたぁ♪

左に旧門司税関、右奥に跳ね上がったブルーウィングもじを入れて。

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このあと関門海峡を徒歩で渡りたいので、しばらく歩いていく。

ノーフォーク広場に到着。

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上:イカリの像の向こうに、関門海峡関門橋が見える。
下:海辺の眺め、橋はもちろん関門橋、対岸正面の山は下関の火の山^^

つづく

賀名生梅林とおまけに五條新町

5年前の今頃の時期、奈良のJR五条駅まで輪行して、自転車こいで賀名生(あのう)を訪れた。
賀名生は五條市の山間部(旧西吉野村)に位置する、南北朝時代南朝の皇居があった地で、まずは賀名生の里歴史公園に到着。

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堀家住宅・賀名生皇居跡、国重文に指定されてる。

駐輪スペースに自転車を置いて、すぐ近くの賀名生梅林へ向かうと、こんな絶景が。

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ちょうど満開で、梅・梅・梅・梅・梅・・・∞
のどかな山里の山の斜面一帯に、2万本の梅が咲きまくり~、圧巻っ!!

山の斜面の観梅ハイキングコースみたいな道を登りながら、梅の花を間近で眺める。

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早春の香りが漂い、奥に山景色がチラリズム

道なりにしばらく登っていくと、梅の木と柿の木が混在するエリアがあり(賀名生は柿の名産地)、柿の即売所の横にて。

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鮮やかなピンクのカワイイ枝垂れ梅も咲いてた^^

下山しながら梅林を見下ろす。

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花の色が淡いので、芝桜のような派手さはないけど、見事な淡色のじゅうたん♪

駐輪スペースまで戻り、再び自転車で来た道を引き返し、江戸時代の町並みが残る五條新町の重伝建を散策した。

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上:角地に餅屋、道をはさんで酒屋のある風景。
下:左の建物は1696年築の栗山邸、めっちゃ古っ\(@o@)/

奈良県五條市和歌山県橋本市と接しており、このあと和歌山側まで自転車を走らせ、南海橋本駅から輪行して帰った。