自由悠遊

サイクリング・ハイキング・旅先・散歩先で撮った、風景・名所旧跡・動植物

夢ナリエ豊南

このイベントはコロナ以降も開催されてるのか知らないけど、少なくとも一昨年までは毎年開催されてた、豊中市南部のローカルなイルミネーション。

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さて、ここは何の施設でしょう?
1.工場 2.病院 3.小学校 4.個人の豪邸
答えはのちほど。。。

手作りのイルミネーション。

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規模は大きくないけど、手作りにしては豪華☆〃

先ほどのクイズの答えですが、、、

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上の写真は校舎、下の写真は体育館で、グラウンドのゴールネットも写ってる。
ってわけで、正解は3.小学校でした~^^
子ども達がデザインした雪だるまやサンタクロースなどをもとに、PTAと地域住民が企画設置したそうです。

柏原(かいばら)探訪2

つづき

いきなり逆光ですが、篠山街道沿いに織田神社

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柏原藩主織田家は3代で廃絶し、3代目の織田信勝がまつられてる。

織田神社の向かいに、木の根橋と呼ばれる大ケヤキ

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推定樹齢1000年(古っ!!でかすぎて写真に全然入りきらない)、県の天然記念物に指定されてる。
めっちゃ立派な木の根(左下に写ってるやつ)が大きく張り出し、川をまたいで対岸まで伸びてた@o@

木の根橋のとなりに、洋館風のレトロモダンな2階建てが。

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丹波市役所柏原支所、合併して市になる前は柏原町役場だった建物。

木の根橋・丹波市役所柏原支所・織田神社のすぐ近くの突き当たり。

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小高い所に柏原八幡宮が鎮座する。

石垣の石段を上がっていく。

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正面に見えるのは社務所で、もう少し上がると社殿の建つ境内へ。

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柏原八幡宮は629~641年に創始され、1024年に石清水八幡宮から分霊を勧請し、丹波国柏原別宮として創建された。

国重文の社殿と県重文の三重塔。

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社殿は1585年に豊臣秀吉によって再々建され、三重塔は1813~1815年にかけて建立されたもの。

お寺ではなく神社に三重塔って珍しい!

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左手前の銅鐘は豊臣秀吉によって寄進されたもので、これも県重文。

柏原(かいばら)探訪1

兵庫県丹波市の黒井城跡へ雲海を見に行った記事を以前書きましたが、そのあと2駅分10kmほど歩いて、同市の柏原エリアを散策した際の写真を放出します。

関西には読み方の違う「柏原」という地が複数あり、今回記事にする兵庫県丹波市の柏原は「かいばら」、大阪府柏原市の柏原は「かしわら」、滋賀県米原市の柏原は普通に「かしわばら」と読む。←ややこしい^^;

丹波市柏原町織田信長の弟・信包(のぶかね)が藩主になった後、約400年に渡って織田家の城下町として栄えた町で、名所旧跡が点在する。

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時の太鼓やぐら(JR福知山線柏原駅前にある)は、江戸時代の太鼓やぐらをモチーフにしたからくり時計。

町の一角に残る、本物の江戸時代の太鼓やぐら。

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当時は時報として、あるいは藩主が参勤交代で江戸から戻ってきた時や火災の際にも、太鼓が鳴らされたそうです。

県指定文化財の柏原藩主織田家旧邸長屋門

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1714年に公邸の表御門として築かれた。

長屋門をくぐると正面に、国史跡の柏原藩陣屋跡。

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同じく1714年に建てられ、1820年に再建された御殿。

長屋門および陣屋跡から道をはさんだ向かいに、織田信包像が座る。

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余談ですが、散策中に通りかかった救急車を見て気づいたこと。
丹波の英語表記は「TANBA」ではなく、真ん中がMの「TAMBA」なんですね。
語学のことには全然詳しくないけど、たしかにBやPの前の「ン」はMの発音(唇を閉じた口の形)になる。

そういえばイギリスのヘンリー王子がアメリカで就任した役職が、chief impact officer(略称:CHIMPO)だそうでw
略称の読み方はほぼローマ字読みだそうでw

CHIンPO(←下ネタではなく役職名です!)の話は置いといて、歴代の柏原藩主が眠る織田家御廟所。

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御廟門をくぐると、思いのほか大勢眠っておられる。

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ここは明治維新後に廃寺になった寺院の境内で、1696年以降の藩主とその家族のお墓が建ち並ぶ。

つづく

初冬の醍醐寺2上醍醐編

つづき

山道を登ること約1時間、標高450mの醍醐山の山上にある上醍醐に到着する。

国宝の清龍宮拝殿。

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ここだけわずかに残るもみじが鮮やかだった^^

国宝の薬師堂(上)と、薬師堂の前からの眺め(下)。

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直下に谷間の集落が見え、目の前の山々はたぶん宇治の山。
右奥に少しだけ平野部がうっすら写ってますが、その右端のなだらかな低山は、石清水八幡宮のある男山だと思う。

話を元に戻して、次は五大堂。

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観光客でにぎわってた下醍醐と異なり、上醍醐は人影まばらな静寂の世界。

山頂の如意輪堂(上)と開山堂(下)。

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如意輪堂・開山堂ともに国重文に指定されてる。

山頂からの眺め。

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奥の平地は大阪平野、右奥に大阪のビル群が見える。

初冬の醍醐寺1下醍醐編

醍醐寺真言宗醍醐派総本山の大規模寺院で、膨大な数の文化財を有し、世界遺産にも登録されてる。
京都市の中心部から離れた伏見区東部(同じ伏見区でも伏見稲荷の山の向こう側)という立地で、京都の世界遺産の中では比較的穴場かも?

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右奥に見えるのは醍醐山、山上の写真は次回。

総門をくぐってまもなく、国宝の三宝院唐門。

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国名勝の三宝院庭園は撮影禁止なのでスルーして、参道をてくてく進む。

国宝の仁王門。

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訪れたのは6年前の11月下旬、タイトルを「晩秋の」ではなく「初冬の」にした理由は、紅葉を期待して行ったら、もうほとんど散ってたのでw

仁王門をくぐってまもなく、金堂(上)と五重塔(下)。

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金堂・五重塔ともに国宝に指定されてる。

紅葉スポットの弁天堂。

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落葉済みだった(爆)

弁天堂のとなりの観音堂@かろうじて残るイチョウの黄葉を入れて。

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醍醐寺はふもとの下醍醐と山上の上醍醐に分かれており、弁天堂の先の女人堂までが下醍醐(無料エリア)。
次は入山料を払って上醍醐へ。

つづく